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ベラルーシ、反米政権続投
19日に行われたベラルーシ(旧ソ連)の大統領選で、ルカシェンコ大統領(反米勢力)が3選を果たした。先日のエントリーで取り上げた、故ミロシュビッチ旧ユーゴ大統領も、草葉の陰でさぞ喜んでいることだろう。

ミロシュビッチの抹殺を成し遂げた連中が、今回のベラルーシ大統領選に送り込んだ刺客は、同国のソロス財団(例の悪名高き、ヘッジファンドの帝王ジョージ・ソロスの財団)代表を務めた他、国連のエージェントとしてベラルーシ国内のNGOを支援する組織(ブログ内関連記事)を率いていた、という紛れもない連中の犬アレクサンドル・ミリンケビッチ。(ミリンケビッチの経歴についての情報元:「黒猫の巣」


そのミリンケビッチは「「選挙結果は認められない」として、抗議集会を開くなどし、再投票を要求しているらしい。抗議集会に集まったベラルーシのB層(ミリンケビッチのいう「民主化」が「エセ」であることに気がつかない)が、雪の中で独立当時の赤と白の国旗や欧州連合(EU)の旗を掲げ「ベラルーシに自由を」と叫んだそうだ。「連中の犬」を支持しながらにして「自由」を叫ぶなど、苦笑する他ない。
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旧ユーゴ大統領の獄中死が物語る「国際社会の陰部」
旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(オランダ・ハーグ)で公判中だった、ミロシェビッチ元ユーゴスラビア大統領の獄中の死は、「国際社会の陰部」を多角的に浮き彫りにし、実に多くの事を物語っている。

下に転載した朝日新聞電子版の記事は一般的な報道の一例としてあげたものであるが、このような子供騙しにもならない稚拙な筋書きを、「国際戦犯法廷」が平然と並べ立て、それが平然と世界に流布されることからしてそもそも問題である上に、真相は「毒殺」であることを露呈している。
ミロシェビッチ被告、死因「隠れて服毒?」と主任検察官

旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(オランダ・ハーグ)のデルポンテ主任検察官は、15日付の仏紙ルモンドのインタビューで、大量殺人などの罪で起訴されていた 元ユーゴ大統領ミロシェビッチ被告の死因について「自らの容体を悪化させるため、隠れて薬物を飲んでいたと思う」と語った。  

希望していたモスクワでの心臓病治療を実現するため、あえて病状を重くしようとしたか、自殺をはかったかのどちらかの可能性があるとの考えを示した。意図的に薬物を飲んでいたとすれば、どうやって拘置所の独房で手に入れたのかや、検査で摂取を防げなかったのかなどが問題になるのは避けられず、法廷や医師団の管理責任が問われることになりそうだ。  

被告は心臓に持病があるうえ高血圧に悩んでおり、ロシアでの治療を望んだが、法廷は許可しなかった。12日の解剖結果の速報は死因を心筋梗塞(こうそ く)としており、最終報告は今週中に出る見通し。  

主任検察官は「毒物検査の結果を待つ必要があるが、もし成分が検出されれば、モスクワ行きを可能にするためか、自殺を望んでいたかだと思う」と述べた。

数週間前に被告の血液を検査したというオランダの毒物学者は13日、高血圧の治療薬の効果を薄める作用がある抗生物質を被告が意図的に飲んでいたとの見 方を明らかにした。この毒物学者は「モスクワへの片道切符を得るため」と理由を説明した。

Why Milosevic Was Murdered
(なぜ、ミロシェビッチは殺害されたのか)

Paul Joseph Watson/Prison Planet.com| March 13 2006


概要
1)ミロシェビッチは、死の前日に、「拘置所の中で毒をもられ殺されかけており、恐怖におののいている」と記した手紙(オランダのロシア大使あてか、同人の弁護士あてで証拠として残そうとしたものなのかは、本稿では不明。)を書いていた。[関連記事] 下の写真は、その手紙をジャーナリストに公開しているミロシェビッチの弁護人。



2)(ミロシェビッチが意図的に飲んだとされている薬物について上の記事と重複になる部分は割愛)―――。これなど、率直に言ってとんでもない。ミロシェビッチが薬を唯一得ることができたのは、国連に任命されている医師からのみであり、それは厳重な監視のもとで与えられていたのである。[関連記事] しかも、完全監視付きの独房の中で、そのような秘密の薬のマネージメントをしていた(従来のものではない薬を隠し持った上に、時間ごとに与えられる従来の薬と隠し持った薬を、その度に摩り替える)など、いったい誰が信じるというのだ。

3)ミロシェビッチ死亡の6日前に、クロアチアの元セルビア人リーダーのミラン・バビッチ(04年に13年の同裁判で刑を言い渡され、すでに服役中。同法廷におけるミロシェビッチ側の重要証人とされていたが、後になんらかの理由でミロシェビッチにとって不利な証言に翻った。)が、急死。本件もまた自殺とされているいるが、BBCによると、同裁判の広報担当アレクサンドラ・ミレノフは、普段とまったく変わったところはなく、自殺を計るような気配など一切感じられなかったと語っている。死因などの詳細は明かされていない。

4)ミロシェビッチは、例のIMF/ビルダーバーグ陣営が画策したセルビア・クーデター(1990年)の内幕はもとより、その後の同地域におけるグローバリストらの犯罪を深く知っており、関係者にとってまぎれもなく爆弾だったのである。MI6(Military Intelligence 6:英軍事情報部6課)の元諜報員リチャード・トミルソンは、1992版のミロシェビッチ暗殺計画書を見た一人として、同計画が存在した事を証言している。[関連記事]

5)ミロシェビッチは2002年三月のバーグの公判において、「米政府」と「NATO」が、セルビアとの戦争で、かの「アルカイダ」がコソボ解放軍を支援するための軍事サポートを(アルカイダに対し)行った事を証明する「FBIのドキュメント」を公開した。[関連記事]

6)ミロシェビッチは、その上さらに国際社会で暗躍するグローバリストらが、どのようにして「バルカン諸国のカオス」を引き起こしたのかについて数回にわたり演説を行い、それは「New World Order(新世界秩序)」へ向けてのステップに他ならないと述べていた。

7)ミロシェビッチは天使には程遠い男ではあった。しかし、ボスニア戦争で最も残虐だったとされるイスラム教徒の大量殺戮(約7,000人死亡)を例にとっても、ミロシェビッチがその殺戮にリンクしていなかったことはすでに立証済みである。

同サイト内関連記事
Milosevic was murdered, says his son
'My husband was subject to torture', says Milosevic's wife


「ハーグの不気味な連続死」
「暗いニュース」より転載

2006年2月28日、オランダ・ハーグの旧ユーゴ国際戦犯法廷で、被告・ミロシェビッチ元ユーゴスラビア大統領の弁護士は、クリントン元米大統領を証人として出廷させるよう要求し、こう言った:
「元アメリカ合衆国大統領という立場のクリントン氏は、ミロシェビッチ氏の拘束に関わる一連の出来事に関してユニークな知識をお持ちのはずだ。」
弁護士らの話によれば、ミロシェビッチ氏はクリントン元米大統領に証人として出廷を求める手紙を送ったが、クリントン氏から返事は来ていないとのことだった。ハーグの米国大使館からミロシェビッチ氏側には、合衆国元大統領の出廷を拒否するとの回答が2005年末に伝えられていた

さらにミロシェビッチ氏側は、コソボ爆撃を実行した元NATO司令官ウェズリー・クラーク氏、ブレア英首相、シュレイダー元独首相の証人出廷を請求していた。裁判官は被告側の要求を全て拒否した。

そして3月、戦犯法廷は思わぬ方向に急転回した。

2006年3月5日---合衆国大統領に対する証人出廷請求の話題が公的に報じられてから6日後---ミロシェビッチ氏の元同僚で、旧ユーゴ国際戦犯法廷での追加証言を控えていたミラン・バビッチが、ハーグ刑務所内で死体となって発見された。ミラン・バビッチは2004年に13年の刑を言い渡され、すでに服役中であった。オランダ政府当局者は自殺と報告しているが、自殺の方法等詳細は不明のままである。

そして、3月11日---ミラン・バビッチの“自殺”から6日後、今度はミロシェビッチ元ユーゴスラビア大統領が獄中で死亡した。死の前日、ミロシェビッチ氏は「刑務所内で毒を盛られている」と言い、ロシアでの治療を希望していたという。ミロシェビッチ氏側弁護士はロシア国内での検死を要求しているが、裁判所側は弁護士の要求を拒否し、検死はオランダ国内で行うとしている。

旧ユーゴ国際戦犯法廷は、ミロシェビッチ氏の死により終了となるでしょう・・・戦犯法廷広報担当のアレクサンドラ・ミレノフは言った


許されぬ米欧の内政干渉
「岩田昌征・千葉大学教授に聞く」
より抜粋<

米国内には、九一年の段階で、ユーゴ連邦と連邦軍をいかに解体して、ミロシェビッチ体制をくつがえすかという九段階のプログラムがあった。このプログラムは二年ぐらいで完了する予定だったようだが、ミロシェビッチは十年間、粘りに粘った。多くの野党指導者たちは、選挙に向けて米欧から資金援助を受け、ハンガリーまで出かけてオルブライト国務長官と会談するなど、自分たちがいかに米欧から信頼されているかをいろいろな形で誇示した。

ミロシェビッチ「独裁」はウソ
米欧や日本のマスコミは、ミロシェビッチ前大統領をヒトラーやムッソリーニなどと同列に扱っているが、彼は決して「独裁者」ではない。

まず、ミロシェビッチがマスコミを握っていて、反ミロシェビッチ報道がまったくないというようなことは、ウソだ。もちろん、彼は中央の新聞やテレビを完全に掌握していたが、国民はそこからだけ情報を得ていたわけではない。

実際は、反ミロシェビッチの新聞の方が発行部数が多い。週刊誌レベルでは、体制派の週刊誌はほとんどなく、中立や野党寄りが多い。テレビ局も、ミロシェビッチ寄りの放送しかしないのは中央のテレビやラジオだけで、セルビアの地方にはいろいろなテレビメディアがあり、連合してミロシェビッチの統制に服さない報道をしていた。

首都ベオグラードの週刊誌には、米欧によるミロシェビッチ、カラジチ(ボスニア・ヘルツェゴビナのセルビア人最高指導者)、ムラディチ(ボスニア・ヘルツェゴビナのセルビア人軍最高司令官)の戦犯指定の記事が写真入りで掲載されているほどだ。大統領選挙と同時に行われたベオグラードの市議会選挙では、百十議席の内、野党連合が百五議席、ミロシェビッチ与党は四議席にすぎなかった。

こうした実際があるのに、なぜ日本では「独裁」と書かれるのだろうか。こういうことこそが問題だ。


ミロシェビッチは、ロシア外務省へも手書きの書簡を送っており、内容は旧ユーゴ国際戦犯法廷の医師団の治療が不適切なため健康に悪影響が出ていると訴え、ロシアでの治療が実現するようロシア外務省に助力を求めているものだった。無論、それだけではなかった筈だが、ロシア政府が内容のすべてを公然とぶちまけるわけにもゆかないだろう。

ロシアのラブロフ外相は、同法廷がミロシェビッチ被告の出国を認めなかったことについて「ロシアが信用されなかったということだ。我々も、現地の調査を信用しない権利がある」と主張。ミロシェビッチの死因を巡る疑惑を調査するためにロシアの医師団を派遣する方針を表明。医師団は14日にハーグに向かい、検視記録などの調査を開始している模様。

また、ミロシェビッチの息子(マルコ・ミロシェビッチ)は、父親の遺体を一時的にモスクワに埋葬するための協力をロシアのバブリン下院副議長に要請しているらしい。

旧ユーゴスラビア大統領の哀れな結末ではあるが、その死をめぐり、これだけ多くの国際社会の陰部が浮き彫りになっているわけで、故人のこの世への置き土産とも言えるだろう。
北オセチヤ共和国でガス・パイプライン爆破
インターファクス通信が伝えたところによると、22日未明、ロシア南部・北オセチヤ共和国内のガス・パイプライン2か所で爆発が起き、グルジア、アルメニアへのロシア産天然ガス供給が停止した。猛烈な寒波に襲われている最中の爆発であり、グルジアの首都トビリシではガス燃料を使う一部火力発電施設が停止したため、市民への暖房供給に影響が出る恐れもでているという。

チェチェン共和国独立派のバサエフ司令官が9日、ロシアに対する新たな攻撃の可能性を示唆したばかりの爆破であり、同人の率いる武装集団による「破壊活動」であることはほぼ間違いないだろう。




強気のバサエフ司令官(チェチェン共和国独立派)、その後ろ盾は?
【モスクワ9日共同】ロシア南部で2004年9月に起きた学校人質事件など数々のテロの首謀者とされるチェチェン共和国独立派のバサエフ司令官が9日、独立派ウェブサイト「カフカス・センター」で「ジハード(聖戦)を拡大している」と表明し、ロシアに対する新たな攻撃の可能性を示唆した。司令官は昨年10月のロシア南部カバルジノ・バルカル共和国での同時襲撃事件について「戦略的に大勝した」などと強調。さらにチェチェン独立派「カフカス戦線」は最近、カフカス地方全域でプーチン・ロシア政権の占領体制の協力者らを壊滅させる方針を決めたと述べた。(共同通信 06年1月9日)


プーチン政権の頭痛の種の一つであるチェチェン問題であるが、きな臭さを増す感。世界第二位の軍事力を保有するロシアへ対し、このような強気のバサエフ、その後ろ盾は?いづれにしても、にんまり笑うのは、アメリカを筆頭とする反ロシア組であり、武器商人らである。
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